東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2153号 判決 1958年11月22日
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)は請求の原因として、訴外石野孝次郎は昭和二十九年十月十三日控訴人に宛て額面金二十八万円の約束手形一通を振り出したが、右手形を控訴人は訴外榎本好延に、榎本は更に被控訴人に対し、何れも拒絶証書作成義務を免除の上白地式で裏書譲渡し被控訴人はその所持人となつた。そこで被控訴人は満期日に右手形を支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、本件手形金とこれに対する完済に至るまでの利息金の支払を求めると主張した。
控訴人は抗弁として、被控訴人は本件手形の支払が拒絶されるや榎本に対し、殺してやる等の言辞を吐いて同人を脅迫したので、榎本は昭和三十年八月頃被控訴人を告訴し、被控訴人は勾留されるに至つたが、その際被控訴人は榎本から金十万円の支払を受け、控訴人に対し本件手形金の支払を免除したものである。よつて被控訴人の請求は失当であると抗争した。
理由
証拠を綜合すると、本件手形は訴外石野孝次郎が控訴人に金融を依頼するため控訴人宛てに振り出し、控訴人は訴外榎本好延の紹介により、同人と共にこの手形を被控訴人方に持参して被控訴人に右事情を述べ手形割引による金融を依頼したところ、被控訴人は振出人の資力調査の必要があるから、一時この手形を預りたいというので、この手形を、しかも被控訴人に請われるまま裏書人として署名捺印し、被裏書人欄を空白にして被控訴人に預けて帰つたところ、被控訴人はその後右榎本を通じて控訴人に対し右手形の割引をするが月九分の利息を貰う旨申し向けたので、控訴人はその高利を不満とし、直ちに右榎本を介して右手形の返還を求めたに拘らず、被控訴人は言を左右にしてこれに応ぜず、その後控訴人不知の間に擅に右榎本に白地裏書をさせた上、同人に対して手形金より月九分の利息その他の手続費用等を差引いた金員を交付し、榎本は右金員を控訴人には渡さないで、振出人石野に交付した事実を認めることができる。被控訴人は、本件手形は昭和二十九年十月十三日被控訴人が前記石野、榎本、控訴人三名を連帯債務者として金二十八万円を利息月九分、弁済期昭和三十年一月十三日の約で貸与した際、債務者たる右三名においてその支払確保のため、石野振出、控訴人及び榎本の各裏書をした本件手形を被控訴人に交付したものであると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。却つて他の証拠によると、榎本好延は前認定の諸事情を慮り、昭和三十年八月初旬被控訴人に示談金十万円を支払つて被控訴人に対する本件手形上の一切の問題を解決し、控訴人にもその旨を告げて安心させたのであり、被控訴人は右の割引依頼、右榎本の裏書、及び示談に関する諸事情を知悉していたことが認められる。
以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人に対し本件手形上の請求をすることはできないものと断ぜざるを得ない。
(注) 原判決は、被控訴人は榎本から同人に対する貸金二十八万円の遅延損害金として金十万円を受領したに過ぎず、且つ、被控訴人が控訴人に対し本件手形金の支払を免除した事実は認められないとして、被控訴人の請求を認容した。